ゆっくりした時間経過のなかで,眺め,興奮し,鼓舞され,静けさに打たれ,心を洗われ,そこに‘居る’ことに意味を見出すことが,「旅」の一面であるとすれば,私の旅は少し違う。私の旅は,車でブンブン走り回り,所々に立ち寄りはするが,一つの場所でじっくりと時を過ごすことはなく,あっという間に移動である。一番長く過ごす時間は車に乗っている間ということになる。今回の裏磐梯方面への旅もそうであった。
三春滝桜
福島県三春町の三春滝桜は,一度は見てみたい桜であった。
磐越道のサ−ビスエリアでの情報では,いまが満開一歩手前とのこと。期待は膨らむが,同時に車と人の大混雑も覚悟しなければならない。船引三春のインタ−の料金所手前から混み始め,あとはノロノロと8〜9Kmを一時間以上かけて進んだ。ノロノロのお陰で,山間谷間,お寺の境内,農家の庭先などあち こちに咲き誇る桜を満喫しながら,飽きることはない。頭の中で,20−35mmや100−300mmのズームを動かして画面を作りシャッタ−を押す。やはり車から降りなくちゃ駄目かとは思うものの,まあいいかの気持の方が勝つ。
三春滝桜は,樹齢千余年といわれるベニ枝垂桜である。広告写真でみる滝桜は,見事なベニ色であるが,眼前の滝桜は,わずかなピンク色。正午近くの上からの太陽光のせいか,花にいきいきとした表情が乏しい。「名物に旨いものなし」といわずに,「悪く見える時に来た自分が悪いのだ」と言い聞かせた。
滝桜の背景は吉野桜が咲き競う高台。ここから雪を頂いた安達太良山系が望める。桜の枝の張出しを上部に入れ,安達太良の山並みをその下に配した構図を求めて,あちこち動いたが果たせず,ここも頭のなかでシャッタ−を切った。
裏磐梯から喜多方へ
裏磐梯は,残雪の中であった。
五色沼辺りから,林の中は雪,ゆき,ユキ。道路から見上げる斜面の林には,残雪の白と根開きの黒と雑木の褐色が繊りなすフォトジェニックな光景があった。うかつにも私は,芽吹いたばかりの新縁を見たいがために,裏磐梯にやって来たのだった。今年の猫魔は五 月一杯はスキーができそうだと,何日か前に友人から聞いたばかりだったのだが,これが新緑無しとは結びついていなかった。しかし雪景色は,今回の旅の「行きがけの駄賃」どころではない天恵である。タ日も写真になる光景作りに協力してくれた。感動しシャッターを押した。
宿をとった桧原湖南西岸(何年か前の撮影会で日の出を撮った場所の近く)の湖岸は,少ない水量のために水底が露呈し,岸辺が広々と奥に拡がり,残雪が斑模犠に点在して,雪の白と岩肌の暗褐色ときらめく湖面が幽玄の世界を表出する。私たち夫婦ば生まれて初めて,湖と山の大自然の冬から春への移り変わりのまっ只中に身を置いたのである。
翌朝4時前に宿を出て,前回と同じ場所から日の出の光景を狙ったが,不発。その後は長靴に履き替えて岸辺に降り,逆さ磐梯や岩,雪などモノトーンに近い光景に堪能した。

喜多方に向かう途中で,ミズバショウの群生に出会う。これは,行きがけの駄賃。ミズバショウは背景が汚く写真にならないなと,自分の腕は棚に上げ,もったいぶって何枚か振った。喜多方では何軒かの酒造元見学とラーメンの昼食。発酵中の「もろみ」にモ−ツアルトのセレナ−デを開かせて旨い酒を造るという醸造元で,「蔵粋(クラシック)」という酒を買った。私の旅では,ゆっくりと歩きまわることがないから,「なんだこんな所か。ひとつも面白い所ばないな」ということになって喜多方を後にした。
ウグイスとの二人風呂
会津若松に入り,鶴ケ城の満開の桜のなかを散策し,桜はもう見飽きたという気分になり,名所の酒蔵を探すこともなく,伝統の駄菓子屋をひやかすこともせず,東山温泉で二泊目を過ごす。
朝の露天風呂は,浴槽のそばに立つ木で縄張りを主張して声高くさえずるウグイスとの二人風呂であった。
朝食後,ご丁寧なことに再び裏磐梯へ向かう。もう一度山の雪景色が見たいという一心である。ゴ−ルドラインを登り,レ−クラインに入り,磐梯吾妻スカイラインを走った。3,4メ−トルの雪の切り通しが続く。雪どけの道端に,フキノトウが顔をだしている。吾妻の山々は,期待の通りの雪化粧で限前に迫る。予報通り天侯が悪くなってきた。濃いガスがかかりだした。浄土平の湿原は雪一色で,木道はすべて雪の下である。撮影会の時と間じように,強風が吹き荒ぶ。一切経山の雪景色に畏怖の念を覚えつつ,スカイラインを下った。
東北道,磐越道は雨の中。神経をすり減らすドライブだったが,桜と雪景色と朝風呂を共にしたウグイスが,暖かく私のなかに居座っていた。4月29日からの3日間の旅であった。
以上
<1996年6月号「写羅句」掲載>
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