白馬連峰の麓に遊ぶ学生時代はクラブ活動の山岳部(実体はトレッキング程度)に入っていた位だから,私は山が好きである。だから山に登りたいのだが,体力に白信がない。そこで,私の願望は,山を桃めたい,せめて山麓をうろついてみたいという文字通りレベルの低いものとなる。今回の私の低レベルの望みの対象となったのは,白馬連峰(の麓)であった.残雪の3,000m級の山並みを,とにかくまじかに見たいのである。盆明けに二泊三日のスケジユ−ルを組んだ。「今の時期,なにも見るものはないよ。もう花も終わっているよ」という山と撮影地のベテランからの忠告も頂いたが,山を見るには,寒いより暑い時の方がよいではないかと出けた。 五竜岳の山麓「地蔵の頭」にて 白馬は千葉からは遠い。5時に出発し,高速道路を乗り継ぎ,何度も休憩をとり,11時に五竜岳の山麓の「地蔵の頭」に着く。ここに来たのは,ここから北の方向に白馬連峰が眺望できると思ったからである 。地形からして見えるはずがないかもしれないが,未経験者にして地理不案内者の思い入れは強い。
あいにくこの地の気候は優れず,厚い雲が視界を覆っている。私の読みでは,白馬の山々はほば正面に山頂を見せている筈で,やや上げた視線をそれと覚しき辺りに向けるのだが,白い雲ばがりか視野を満たす。しかし時々は薄日が差す。目をほとんど正面にすえた向こうの山系に,右にゆるやかに下る尾根が見え,差し込んだ陽光に光る。サ−ッと光りが走り,ピカリと尾根が光る。八方尾摂である。光る尾根から手前に下る斜面には雲や霧はない。山肌の茶色と潅木や草の縁と沢にはりついた残雪の白が,感動を織りなす。1,2枚シヤッターを切った。
濃霧の朝 二日目の朝は比較的遅く起きた。宿はJR白馬駅からほんの少し山側に入っ所である。ここは白馬の東側の山麓であるから,太陽は白馬連峰に向かうと背後から昇ってくるのだが,背中側にも低い山並みが連なり,朝日が顔を出すのはそう早い時間でばないからである。おまけに少々疲れていた。 それでも日が昇る前に白馬が赤く染まるかもしれないと思い, 五時頃外に出た。 ![]() 辺り一面は白い闇であった。 濃霧の夜明けである。20m位から先は白一色である. 白い闇は白馬一帯を包みこんだまま動かない。 静寂。ジ−ッという無言の音をたてて,朝霧は居座る。小川も沈黙のうちに流れているのか。歩きまわってこの静けさを破るのは許されるだろうか。 ファインダーを覗くがなにも撮れそうそうになく,一枚も撮らないないまま,少しずつ薄らいでいく霧の中で木立や家々が黒く浮かび上がってくるモノクロの光景の中に立ちすくんでいた。 白馬連峰の偉容 朝食後外に出て,思わず大声をあげた。白馬連峰が眼前に展開している。朝日が濃霧を文字通り霧散させ,その直後の白馬一帯に広がった透明度の高い大気のなかに,一点の曇りもない白馬の山容が展開している。 惜しむむらくは紺碧とはいえない空の青さで,やや霞んだ空であるが,残雪を頂いた白馬の山々はそれぞれの頂上を空の青のなかに屹立させている。右手(北)から左手(南)に白馬乗鞍,小蓮華,白馬,杓子,白馬鑓,天狗の頭,唐松,五竜,鹿鳥槍と連なり,頂きが高さと容姿を競い合う。山頂のラインが空に対峙して威容を誇り,残雪の白が山腹の緑や茶色と絡む。この美しさは経験皆無の私の想像の域を越えていた。PLフィルターは部屋の中に忘れてきたし,レンズは20−35mmだけしかない。4,5枚撮ったが,その出来よりは,頭のメモリにあるこの光景だけで,十分満足である。山々の眺望を感動的なものにしていた鮮烈な空気感も,時間の経過につれて希簿になり,私たちは栂池にテラノを進めた。 天狗原・栂池 栂池自然園までは,360度の景観を楽しみながらリフト・ロ−プウエイを乗り継い でいく。自然園には帰路に寄ることにして,私たちは天狗原に向かったのだが,この道程には参った。案内書によれば「1km,l時間」とあった。なにせ「原」となっているではないか。「原」は平らと決まっている。坦々と歩いて行けると勝手に決め込んで出発した。ところが全行程が登りである。考えてみれば,1kmで1時間なら相当の登りになっていることは当然で,実際はlkmで標高差300 mを登るのだが,「原は平ら」と信じている私はそこに気がつかない。酸素吸入カの極めて弱い私は墓穴を掘った。妻はスイスイと登っていく。70才(自己紹介による)の男女4人のグループも,妻より少し遅いスイスイで私を抜いていく。70kgクラスの中年女性も「お先に」という。走って登る子供がいるとは,なんということであろうか。 何度かカメラを構え写真を撮る格好をして,実は息をついでいるアワレな私を思い出しながら,いまワ−プロを叩いているのだが,「あんなことは許せない 」と一念発起して始めた"早朝5kmの早足の散歩"から帰ってきて,かなりバテタ状態で机に寄りかかっていることを付記させて頂きたい。カメラを構えて(写真は撮らずに)休憩するのはいつもの私のスタイルだが,今回もこのスタイルを踏襲し続けて天狗原に到着する。所要時間はl時間半であった。天狗原は'平ら'だった。ここは,ほとんど通常の原っぱになりかけている湿原で,いまはワタスゲ,イワショウブ,チングルマ(すでに白い可憐な花は終わり,花穂となっている)など何種類かの終りつつある花を楽しむことができるだけだが,花の盛りの時期は素晴らしい景観になるだろう。天狗原から更に上の自馬大池の方向を見上げれば,相当に広い残雪の沢が光り,そこまで行ってみたいのだが,そして白烏大池まであとl時間半から2時間であろうが,私はここで終りである。栂池自然園は人でゴッタ返していた。花は80%は終りだと思っていたのだが,ビジタ−センタには「いま66種類の花が咲いています」と花の名前付きの貼紙があった。だが写真目的にはやはり少し遅いだろう。私はいつも時期はずれに動いているようだ。 以上 <1996年10月号,1997年3月号「写羅句」掲載> index home |