小田代にて
平成9年10月22日
ペンションのトタン屋根を打ちつける雨の音で幾度か目を覚ました。3時半起床の予定であったが,雨なら勿論行くのは止そうと思いながら,パラパラという音の中でそれでもかなりよく眠った。外に出ると小雨。起きたからには行くしかないと気持ちを切り替えた。空は真っ暗で星のひと光りもない。ところが宿から赤沼までの五分間で天気は一変し,車から降りたときは満天の星空となった。夜半の雨とこの朝の好天の冷え込みで太陽が昇り始めると小田代には霧が舞う筈だと,早朝バスを待つ皆は機嫌がよかった。
ところで,この朝小田代でカメラを構えた人は180人以上にのぼる。4時半前,4時45分,5時過ぎの三回のバス便がそれぞれ60人ずつ合計180人を運び,加えてバスを利用しなかった人が10人や20人はいるからである。写真好きの人たちはほんとに好きなんだなと人ごとのように思う。三脚一台1.5メ−トルの幅を取れば300メ−トルの放列になる。ベンチ前か ら左手奥にそれだけの長さが人に埋まった。
いつしか星も消え青空が広がりだした。文句のないピ−カンの夜明けである。雲はほんの一つか二つ。小さいのが素早く流れ去るだけで,空が焼けるなぞ望むべくもない。霧が舞うどころの話ではない。天高き秋晴れである。
7時過ぎに男体山の東の稜線から小田代に光が入り始めた。まずこちら側の背後の林が陽を浴び,左手の奥の林にサッと斜光が走り,正面のカラ松林の先端の連なりが輝いた。惜しいことにカラ松林はまだほとんど緑に近く,光を受けてもキラキラと輝いてはくれない。太陽は刻々と日向の領域を拡大していった。湿原が明るくなり,やがて小田代は静謐な気配から盛りの秋の陽気な光景に移って行った。光の具合がよくシャッタ−が切れる時間はここまでのほぼ15分間位であった。ピ−カンとはいえ湿原の早朝の空気はやはり重いのだろうか。やや奥に原っぱが進みその分カラ松林が遠のく正面右手は,わづかにもやがかかった光景である。ファインダ−越しには一層その感が強い。霧の幻舞はなく,かと言ってキリリとした清冽さもなく,そこそこの小田代景色であった。
帰りはミズナラの林を歩いた。10月12日の奥日 光。楓の紅葉にはまだ早いが落葉樹の彩色は真っ盛りである。緑したたるこの林は何度か通ったが,茶色に色づいた葉が頭上を覆い尽くした小道をたどるのは始めてであった。逆光に輝く黄金色の葉は行く手を珠玉の小径と化した。
写真はいつものように見るべきものがなかった。先日の大原はだか祭りの際に見知らぬA氏と交わした会話を思い出した。
A氏 「いい写真,撮れました?」
私 「いや・・・,さっぱり(モゴモゴ)・・・」
A氏 「シャッタ−押すだけで満足ですもんね」
私 「まったくその通り !!」
以上
<1998年1月号「写羅句」掲載>
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