尾瀬へ−草もみじを求めて−
尾oze 尾 尾瀬は機嫌が良かった。
1995年9月27日。関東,北陸,東北南部は雨の予報。関越道に入ると予報通り降り始め,渋川伊香保付近ではついに50kmの速度制限になる始末。ところが沼田を降りると嘘のように雨はあがり,鎌田,戸倉と抜け尾瀬に近づくにつれ,青空も見える安定した天侯になった。雨の木道を歩く覚悟をしていたのだが, 尾瀬は機嫌がよかった。
今回の二泊三日の尾瀬行きは,草もみじがお目当てである。草もみじの様をテレビで見たり話に聞いたりしているうちに,私のなかに「草もみじの尾瀬行き」は脅迫観念となって住みついた。草もみじは,一度霜が降りると駄目になるという。勿論早すぎても駄目だ。9月の15,16日頃,戦場ケ原に初霜が隆りたという二ュースを聞いていた。草もみじの経験者の一人は,9月の彼岸の頃がその時期だといい,他の人は10月の初旬が最良のときだという。学生時代に尾瀬の山小屋で何年かアルバイトをしたという友人にしても,何時がいいかと断定的な答えを強要する私に,“まあその頃だろうな”としか言いようがない。日程決定は賭けである。私は中庸を好む。9月27,28,29日と決めた。
鳩待峠に近づくと,木々の紅葉が目に入ってくる。まだ40〜50%程度か。草もみじとの対面はまだだし,草もみじが見られるかどうかもいまのところ分からない。しかし悪くても山の紅葉は楽しめるわけだ。鳩待からの下りでは,ツタウルシ,トチ,カエデ,ダケカンバ,ハゼ,ナナカマド等の紅葉に,妻と交々に感嘆の声を発しながら歩いた。林道の左手に仰ぐ至仏も,山腹のあちこちに紅葉もよう。澄み渡った空気ではなく,至仏がややかすむのが残念だが,木々の紅葉は私にとっては余禄である。山の鼻。急いで山の鼻田代の方向に目をむける。鳩待から尾瀬ケ原に入るとき,ここが最も早く展望が開けているところだからである。
尾瀬ヶ原−草もみじ
………あった!あった!尾瀬ケ原は,草もみじで装い,私たちを迎えてくれたのだ。 来てよかった。これが最上の草もみじかどうかは,比較すべき経験のな い私たちには分からないが,これで十二分に満足。なんだか知らないが,あれやこれやに感謝したい気分を味わいながら,上田代から三又にむかう。
草もみじは黄金一色といいたいが,薄茶色。セピア色という人もいるが,ここは黒茶色ではない。光の具合で黄金色になることはあるだろう。スゲの仲間(カヤツリソウなど)やカヤの仲間(ヌマガヤなど)の枯れた葉の茶色が草もみじの基調の色。いわば雑草の枯れ葉のシンフォ二−。
この時期の雑草たちの下半分は,まだ枯れ切っておらず緑が残っているが,上半分の枯れ葉が幻想の湿原を作り出す。雑草たちの先端部分は,やや色が濃い。視線を低くして草もみじの湿原を見はるかせば,草もみじは,キツネの毛皮。遠くでもなく近くでもない程よいところで目を留めると,草もみじは,キツネの背中。葉先の濃い茶色が,単調さを穏やかに壊す。やさしさとダイナミズム。葉先が風に波打てば,アレグロの旋律が湿原を渡る。茶色の雑草たちの広がりのなかに,ヤチヤナギの緑,ナナカマドの赤,名前を知らない潅木の雑草たちとは違った茶色などが点在し,草もみじを完成に導く。枯れたニッコウキスゲ,ワレモコウ(我亦紅と書くそうだが,なんとも嬉しい名前ではないか),エゾリンドウ,そしてところどころに群生するシラカバも重要な点景となる。
目を地表の低きに落ぜば,モウセンゴケ,ツルコケモモなどの小さな植物が自己主張しているのだが,草もみじというフォトジェニツクな景観から身を隠している。
池塘も草もみじにより変容する。空と雲の映り込みに加え,岸辺近くでは赤や黄の色模様が,ヒツジグサとともに水面を彩る。浮島は,草もみじの茶色で身のまわりを飾り,その茶色の映り込みがシンメトリカルにな って,美しさが倍加される。彼方に見える拠水林で草もみじの展開は中断されるが,草もみじが広がって奥へと延び,そろそろ変化が欲しいところに縁の拠水林が位置取りをしているのである。だが草もみじの湿原は拠水林の下を潜り,湿原をとりまく山々(至仏,麓,八海,皿伏など)の麓にたどりつき,景観の主役を山容と交代する。湿原と融和した山麓,山腹,山頂へと目を上方へ移していけば,そこには天空と一体化した荘厳な光景がある。
草もみじの尾瀬ケ原を描こうとする画家は,パレットに何色の絵具の載せるのだろうか。いくつの色を混ぜ合わせるのだろうか。私の場合は,カラーフィルム,一枚だけ。PLは使わないことにした。使った方がきれいな色になるのかもしれないが,見たままに写ってくれるほうがいいと思った。太陽光もほとんどなかったから。沢山のシャッタ−を押したが,目で見た,体で感じた光景を写しとることは出来なかったという自信がある。
尾瀬沼
尾瀬沼は静寂。ヨシを育み,斜めに水面に突きでた紅葉に映り込みの宿を貸し,燧の秀麗を際だたさせる。燧ケ岳頂上から,標高差600〜700mを南に一気に駆け降りた斜面は,沼尻湿原に達すると急降下をとめ,ゆるゆると尾瀬沼に入り込む。燧ケ岳の南斜面はトロイデ型(鐘状)の急斜面。それがストンと沼に落ちずに,沼との間に湿原を遊ばせている。尾瀬沼の他の三方(東,南,西)は低い山並みだが,ほとんど平地を置かずに沼に接する。対比の妙。名山燧ケ岳がつくりだした景観の余裕。自然の造形の面白さをみた。今日はやや冷たい風が湖面を渡り,燧の映り込みは見えない。尾瀬沼は,ところどころでキラキラと光りながら風と遊ぶ。
尾瀬沼はやすらぎ。
尾瀬への畏敬
尾瀬の景親に触れるとき,これが形成されてきた年月の長さに想いが至り,自然への畏怖の念を覚える。悠久の自然の営み。その循環と蓄積。悠久の時間は,ぎりぎりと絞りあげられて凝縮し緊張の極みに達して,ついにこの至高の表情に止揚したのではなかろうか。静謐の尾瀬にたたずんでいるとき,私は,これが恒常の尾瀬の姿だとほとんど決めつけている。嵐の尾瀬,吹雪の尾瀬,雷雨の尾瀬……。尾瀬の凄絶の表情はなにかの間違いで,本来尾瀬に現れるべき現象ではないと思いたいのだが,しかしこれらも,私が経験したことがないというだけで,やはり尾瀬のものである。荒ぶる尾瀬の表情は,凝縮されネルギーが一時の開放を求めて身震いをしたために生じたものか。暴力的な自然の振る舞い。静謐に生じた亀裂。
だが,春がこの亀裂を埋めてくれる。光,風,水,動物,植物たちが,私が勝手に決めつけたいまの尾瀬を出現させてくれる。
自然の凄絶の部分は,ふたたび悠久の時間の凝縮のなかに閉じ込められ,静謐が表情となる。荒々しい循環を秘めた緊張の静謐である。
尾瀬に浸った感動が写真に表れて欲しいと,ひたすらに願う。
以上
<1996年1月号,2月号「写羅句」掲載>
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