撮 影 日 記
平成15年10月


平成15年10月7日〜10日:長野県あちこち
 昨年より二日早い長野行きを計画。主目的は栂池の紅葉。平成12年に盛りの紅葉に出会ったが,その後2年は,惜秋・晩秋の趣きの栂池であった。冷夏と9月の猛烈な残暑が,紅葉にどのような影響を与えているのか,WEBで情報を探ってみるが,ちらほら出ている予想では,なんとも心もとない。結局は,マァ行ってみるか!しかない。

7日:長野道に入らず,岡谷JCTから少し南下。伊北で降りて,箕輪町へ。新聞で紹介された「赤い花の蕎麦畑」に向かう。山間の坂をとぼとぼと登っていくと,林が切れたところに,忽然とピンク色の緩やかな登り斜面が現われた。ネパール原産の「高嶺ルビー」と呼ばれる赤蕎麦の畑である。4.2ヘクタールという相当に広い斜面は,文字通り,ピンクの絨毯で,しばし見とれる色風景である。
 やがて写真の目で眺めだすと,少々戸惑いが生じてくる。一面ピンクの絨毯だがインパクトの乏しい色合い。畑の一面一面が広く,従って畦が少なく,しかも直線的な畦模様で,デザイン的にも面白みが少ない。こんな見方をしてしまったので,切り取る場面を自分から制限してしまったのだが,仕上がった写真では,案の定,赤とピンクの中間の蕎麦畑は,メリハリが利いたとはいえない色具合となり,狙った畦や道と花畑の幾何学模様も,今一つ出来が悪い(腕が悪いのでは??)。
 ところで,「赤と緑は補色関係にあるので,同じ画面に撮り取り入れるのは好ましくありません」と言う評をされる‘写真の先生’がおられた。ピンクの花の絨毯と畦や周囲の森の緑のこの景観を眺められたら,この方は,驚きのあまり卒倒されるのではないかと思いながら,私は初めて見る妙なる色風景を楽しんだ。
 午後から,長野道に戻り,毎年のコースで,小谷村雨飾に向かう。鎌池の紅葉にはまだ早いと承知の上でそうしたのは,ここでは,2年連続かなりひどい雨にあっていたのだが,今年は降る状況ではないから,‘晴れの鎌池に会うことができる’,この気持ちが湧き上がったからである。動機不純の鎌池であったから,勿論紅葉にはお目にかからなかった。

8日:栂池自然園。2,3日早すぎたか。ここは黄色に色付く樹が多いのだが,ダケカンバやある種の楓が黄葉に変わりつつあるときで,その新鮮な黄緑が,まるで新緑を思わせる明るい雰囲気を醸し出していた。ナナカマドやウルシの類の真っ赤な紅葉が比較的少ないから,今の時期の栂池は,明るさの中にも派手さのない,静けさの漂う紅葉光景であった。
 天候は,一日中晴れ。午後になると,遠景は薄い靄がかかったかのように白っぽくなり,清冽だった空気感が刻々と薄らいでいく。そうなると,近場の被写体しか写真にならないのだが,遠景は早い時間に結構撮ったから,後悔はない。

           「平成15年秋の栂池」の写真展示ページへ

9日:室道行きの予定を変更して上高地へ。昨年の人出の多さ・喧騒,乗り継ぐトロリーバスやケーブルカーなどの大混雑,高い料金等を思うと,気がなえたのだ。
 標高1500mだから,紅葉にはいくらか早すぎたかと思ってはいたのだが,緑一色の上高地であった。周囲の山腹も同様。梓川右岸の明神池まで歩く遊歩道には,時折,ほぼ盛りに近い楓や広葉樹の紅葉が見られるのだが,カメラを向けたのは,数回だけ。やや時間不足で急ぎ足だったとはいえ,帰途で呼吸が苦しくなったり,紅葉の進み具合についての自分の見通しの甘さに憤慨したりして,天下の景勝もなにも,あったものではなかった。
 もっとも,今年の紅葉遅さは,異例であるとのこと。

10日:昨晩は,WEB仲間K氏が白馬村で経営されるるペンションにお世話になり,ホームページ上で長年お付き合い頂いているI氏も,ここに馳せ参じて下さって,一昨年に続くオフ会となった。遅くまで何杯もやりながら写真談義。翌朝5時頃だったか,お二人は黒菱林道に日の出を撮りに出かけられた。そろそろ疲れが出始めた私は,昨晩のうちにギブ・アップ宣言済み。8時頃帰ってこられ,朝食後,デジカメでの見事な成果をテレビ画面で拝見。妻が「だから私はご一緒したかったのに!」と大不満。
 その後お二人は,私の行きたかった「青鬼(あおに)」に同行してくださった。地図では承知していた道だが,何しろどんどんと山道を上がっていくので,お二人の先導がなく妻と二人の車だけだったら,‘こんな山に上に田圃がある訳がない,きっと道を間違えたのだ’と引き返していただろう。標高800m程のそういう山懐に,伝建地区(*)の青鬼集落と棚田百選の青鬼の棚田があった。
 北アルプス連山を正面に見据える絶景の棚田である。まだ稲穂が黄金色に輝いている田圃と,刈り取りの済んだ田圃がほぼ半数ずつのようで,この状況が,両者の色の違いの面白さと,棚田全体の模様の美しさを作り出している。1N,10Dの両方とも,一昨日の栂池と同じ位に大車輪で働き,大量の写真をものにした。若干の手ごたえを感じたのだが,さてどうであったか

 短時間ではあったが,青鬼集落も散策。江戸時代後期から明治時代後期にかけて建てられたという大型の主屋が14軒残されている。元来茅葺であったが,今は鉄板被覆となっており,秋の陽光に鉱物質の照り返しを見せるのが,鑑賞者としてはちょっぴり淋しい。皮肉だがこれも,一つの歴史の重みの表出形態である。
 お二人は 「大峰の大楓でも・・・・」と勧めてくださるが,かなりの疲れを覚えていた私は,不甲斐なくまた申し訳ないことに,二度目のお断りをした。細やかな心配りでお付き合い下さったお礼を申し上げ,帰途についた。

             「棚田 青鬼」の写真展示ページへ

(*):重要伝統的建造物群保存地区

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